・桃園の誓い
それでは記念すべき第一回として桃園の誓いについて真実を見ていきましょう!
劉備玄徳・関羽雲長・張飛翼徳の三人が意気投合し、桃園で義兄弟の契りを結び、劉備を長兄、関羽を次兄、張飛を弟とし、死す時は同時にと誓い合う。という美しい内容となっていますが、正史にこのような記述は一切ありません。また桃園はおろか、義兄弟の契りを結んだという記述すらありません。しかし桃園の誓いはなかったとはいえ、蜀書関羽伝には「劉備は関羽・張飛に兄弟のような恩愛をかけた」という記述がありますし、関羽が死んだ時に劉備は私事によって兵を動かし、夷陵の戦いとなったのですから、劉備達の関係は兄弟のように仲が良かったというのは間違いなさそうです。
逆に桃園の誓いは本当にウソなの?と言われてしまうと、中国にはこの三人が契りを結んだ桃園というのが実在しますので・・・なんともいえません^^;
結論として、正史には桃園の誓いの記述は一切ありません!
話はそれますが、単行本の方では劉備の家の裏が桃園となっていますが、三国志演義では張飛の家の裏となっています。ここだけでも歴史というのは、伝言ゲームで面白おかしく物語になっていくんですね。
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・関羽、華雄を討つ
反董卓連合軍に加わった劉備達そこに待ち構えていたのが猛将の華雄です。その強さに誰一人立ちむかおうとしません。その時に唯一志願したのが関羽、出向く前に曹操から酒をふるまわれ一口で飲みほし、その後あっという間に華雄を討ち取る。こんなことがありますが、真実はどうだったかというと、これは本当に事実と異なります。正史によると華雄を討ち取ったのは孫堅で、関羽と華雄の関わりは全くありません。
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